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『生きてるだけで』プロジェクトブログ

難病の、英ちゃんこと橋口英和さんの詩を曲にした『生きてるだけで』を自主制作でCD化する『生きてるだけで』プロジェクトのブログです♪
注文はこのブログの右の下の方の『Links』の[CD『生きてるだけで』注文フォーム]かメールアドレス: y_yoshiko98@mac.com にご連絡下さい。
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奇跡のプロジェクト
 最近ニューヨークに住むおばさんが家に来ています。
私が英ちゃんの話をするとおばさんが
「難病の人はね、もともと魂が立派。そして、ある程度ちゃんと経済的にもその人が育てられる環境で、理解ある(だっけ?)ご両親のもとに生まれるんだよ。」と言うから
私「確かにそうかも、とても理解あるご両親みたいだし、英ちゃんのやりたい事に協力的だし」
おばさん「でね、その難病の人の魂の輝きでみんな周りの人が照らされて、みんなその光で幸せなんだよ」

そしてその後、私はMake a wish of Japanの人とお話できる機会があった時、
Make a wish of Japanの人も難病の子供達について「そう、輝きが、ね。私たちに見えてないものもちゃんと見えてるんですよね」と言うような事をいってました。

きゃろるちゃんも
「今回のプロジェクトはみんなひでさんによって動かされたんだよね。」と言うような事をいってました。
きゃろるちゃんの言った意味はつまり、
英ちゃんの輝きが私たちに動きたいと思わせた。と言う事だと思います。

このプロジェクトは、たとえピンチがあってもいつもより良い結果になって行きました。
奇跡的なこともたくさんありました。

奇跡と言えば、
私はお会いした事はないのですが、これも奇跡。
きゃろるちゃんの師匠で、
なんと、SMAPやCHEMISTRYなどのサウンドプロデュースをしている人が
今回のCDのミックスのチェックをして下さいました。
だから、最後にプロの魔法がかかってます(笑)

ありえないたくさんの奇跡は
きっと英ちゃんのメッセージを必要としている人達がいるからでしょう。
私自身、神様や天使さんのようななにかそんな存在に導かれてる、そんな感じがしました。
そして、人生の目的とかがあるのなら、これは私の人生の目的の一つだなと感じていて、
使命感のようなものでやってました。

とても成長もさせてもらえたし、
こんな素晴らしい機会をもらえた幸運に感謝します。
私も英ちゃんの輝きで幸せにしてもらったんですね、きっと。

無償な心でこのプロジェクトに惜しみなく力を貸してくれた
みなさんと、英ちゃんに感謝します。

もうGWも終わりで、明日から会社なので
きょうは顔晴ってブログ2つ書きました。
なんとか、9日までに間に合わせたかったので。

と、、今もうひとつ思い出したんですが、、
前に4月25日のブログで「すべては一番良い風に進んでるから、多分今回NHKとつながらなかったのも、今はその方が私やみんながハッピーになれるって事なんだと思います」と書いていたのですが、それが何でか分かりました!!
つまり、今回きゃろるちゃんにレコーディングしてもらったから
英ちゃんのレコーディングができたんです!!!
英ちゃん3曲目に神保さんのウクレレの伴奏で歌ってます。
そして、英ちゃん予想以上に歌えて、歌ほんと良かったんです。声もいい。
きゃろるちゃんもきゃろるちゃんの先生も「これ(英ちゃんの歌)、いいよ〜!!」と言っていたそうです。
きゃろるちゃんのお家で初めて英ちゃんのウクレレバージョンを聞いた時
英ちゃんがそばにいるようでした。
あ、やっぱり、すべては一番良い風に進んでるんだね
| 4ちゃん | 奇跡の出逢い編 | 20:14 | - | trackbacks(0) | pookmark |
きゃろるちゃん、まっちゃんとの出逢い
 2009年1月
私は作曲家になることもちょっと考えてみようなんて思って
ある作曲講座に行きました。

その作家事務所(?)の講座は2種類あるんですけど
私はとりあえず体験的な感じ(なのかな?)の講座へいってみました。

作曲家を目指す講座へ行くようになったら、
作曲できるお友達とか仲間もできるかも知れないって、ちょっと楽しみと思いながら。
でもその日はとりあえずな体験的な講座だから常連な人とかに会えると思ってませんでした。

実際セミナーに行ってみると、その日は生徒は男の人(Eさん)と私の2人だけ
その日は作曲の講座の後に作詞の講座があったので受けてみたいと言ったのですが、
先生(?)に
新しい事をいっぺんに詰め込みすぎない方がいいのでは?また他の日にしたら?
と言われ、その日は作詞講座を受けるのはやめることにしました。

Eさんともその時は特にお話もせずに建物の階段を下りて、そばのかわいいカフェ(?)の前に行くと、Eさんが立ち止まり、カフェの中から一人の男の人が(確か楽器を持って)でてきて、Eさんのそばに来ました。
ちょっと記憶があいまいですが、いっしょにやってるんだみたいな事を言ってたので
Eさんとカフェから出て来た男の人はユニットなのかな?と思いました。

すると、今度はまた1人男の人がカフェから出て来て、トリオ?と思ってると
また1人出て来て、カルテット?と思い、
すぐに「あー女の子だ〜」と私の前に走りよって来た女の子がいました。
それが、今回の『生きてるだけで』プロジェクトのプロデューサーをやってくれているきゃろるちゃんでした。
「作曲家目指してる女の子は少ないの」とかそんな事を言ってました。

カフェから出て来た人達とEさんはバンドを組んでいて、
朝練習をしてから、お昼を食べて、Eさんが作曲講座に出るので、Eさんが終わるのを待っていたそうです。
みんなで、これからまたお茶に行くと言うので、
作詞家講座に出なかったので時間のあった私もなぜか一緒に参加させてもらいました(笑)

作曲講座のときに先生に「作曲のソフトは何を使ってるの?」と聞かれたので
「ロジックを使ってるけど使いこなせていない」と答えると
確か先生が「ロジック使ってる女の子1人いるよ」とと言っていたけど
それはきゃろるちゃんの事でした。

きゃろるちゃんが、明日ロジックのお勉強会すると言うので
ロジックが使いこなせず困っていた私は『なんですと〜 ロジックぅうう』と思い
「私も入れて〜〜!!」と図々しくも懇願しました。
きゃろるちゃんは「いいけど、私の家だよ。。」とか答えていたかな。
そして、その日は背の超高い男の人がロジックを習いに来る事になってて、私はそこに混ぜてもらえる事になりました。

次の日、きゃろるちゃんの最寄りの駅できゃろるちゃんが車で迎えに来てくれるのを腰を下ろして待っていると、やさしそうな男の人が私の顔を覗き込んで「○○さん(きゃろるちゃんの名字)のですか」みたいに言いました。確かに大きい。それが195cm(だっけ)くらいの超長身まちゃんことこんかい『生きてるだけで』(Piano&Violin Original Version)で素敵なバイオリンを弾いてくれている松田恭雄さんでした。

きゃろる家でのロジック講座の時
まっちゃんが「まぁ 特技と言えば唯一バイオリンかな」みたいな事を言うので
なんか閃いて、そうだ、私バイオリンあったらいいなって思ってたんだって思って
『生きてるだけで』プロジェクトの話をしてまっちゃんに弾いて欲しいを言うと
まっちゃんは「私で良ければ」といってくださいました。
きゃろるちゃんもその時確か歌詞カードとか作ってあげることできるよとかそんな事言ってくれたと思います。きゃろるちゃんはその後プロデューサーまでやってくれるくらいたくさん協力してくれました。

二人に出逢えた事に感謝
| 4ちゃん | 奇跡の出逢い編 | 17:47 | - | trackbacks(0) | pookmark |
MAKE A WISH OF JAPAN
 今回のチャリティーCDの寄付先は『MAKE A WISH OF JAPAN』なのですが、
私と『MAKE A WISH OF JAPAN』 との出逢いも偶然でした。

2007年のチャリティーライブ以来、
私の頭のかたすみにはいつも『生きてるだけで』のCD化の事があったんですが、
どうしたらいいのか分からない感じでした 
とりあえず宅録の機材を買いそろえたりしたのですが、使いこなせずで

そんな中とりあえず2008年10月に北海道へボイストレーニングに行きました。
最近私はボーカルスクールにも通っていなかったので
客観的に『生きてるだけで』を見てもらいたいなと思ったんです。
北海道でゆったりと過ごしたり、ボイトレを受けているうちに
やっぱりちゃんとCDにしようって決心して、北海道からひでちゃんに
CD化したいってメールしたと思います。

実は北海道の歌の先生がNHKの『みんなの歌』を担当している人と知り合いだそうで、
ありがたいことに私のオリジナル曲と『生きてるだけで』のデモを渡してくれました。
私のオリジナル曲を使ってもらえてても嬉しいし、『生きてるだけで』を使ってもらえたら、プロの人の手でCDにしてもらえるかも知れないとちょっと思っていました。
だけど、私はちょっとあせってデモを作ってしまったので、声もなんとなくフラットしていてあまりいい出来ではなかったかも。
録音もレコーディングの機材も使わず(まぁその時はいまひとつ使えなかったんですけどね、、)ipotで簡単に録音してしまったし。。
今思うと時間をかけて機材使ってデモ作れば良かったなって思います
そんな感じでしばらく待ったのですがNHKの人からはお返事が来ませんでした。。

それで、もうお返事も来ないし、自主制作で動き始めた方がいいかなと思いはじめました
それが、多分2008年12月くらいだったと思います。

すべては一番良い風に進んでるから、多分今回NHKとつながらなかったのも、今はその方が私やみんながハッピーになれるって事なんだと思います


そして、チャリティーCDにするとしたら、英ちゃんは難病だし、難病の人の団体とかないのかしら、とか頭の片隅で思っていたら、、
ある日2008年12月、相模大野のステーションスクエアで買い物をすると
福引きの券をもらいました。
なので、福引きの会場へ行くと、大きなクリスマスツリーとツリーにつける飾りがありました。
それは、『MAKE A WISH OF JAPAN』の子供達にプレゼントするツリーで
気持ちがある人はこの飾りをツリーにつけて下さいって感じで 
たくさんの飾りが置いてありました。
そしてそのそばに、『MAKE A WISH OF JAPAN』のパンフレットがたくさんあったんです。
神様がここに寄付したら?って言ってくれてるような気がしました。

これが私と『MAKE A WISH OF JAPAN』との出逢いでした。
MAKE A WISH なんて名前もいいなって思いました。
私は前はほんと夢を食べて生きていたって感じだったので
夢ってほんと大事だなって思う。大きな夢でも小さなささいな夢でも
つらいことがあっても夢があったら乗り越えられたりしちゃうしね
とくに子供ならなおさら、たくさん夢見なきゃね

他にも私が個人的に前々から気になってる団体があったのでそれと一緒に
英ちゃんにココはどうかな?とメールしました。
あと、英ちゃんが気になる団体があったらそれも教えてって感じで。

そして、英ちゃんはすごーーーく迷ったみたいですが、
『MAKE A WISH OF JAPAN』でとお返事をくれました。
| 4ちゃん | 奇跡の出逢い編 | 21:24 | - | trackbacks(0) | pookmark |
『生きてるだけで』はどうして生まれたか?
 ライブのMCとかでもちょろっとはお話してますが、

今日は『生きてるだけで』がどうして生まれたかについて書きますね。


2007年9月に大和で私のお誕生日ライブをやったんですが、

その時に前に一緒にアロマを習ってた人が、もう一人一緒に習ってた人と

アロマの先生を連れて来てくれました。


その時、素敵なアロマの先生、さとうるみさんが「家に(おじいちゃんの?)小さいキーボードがあるんだけど、家で歌って」と言ってくれました。でも、話を聞いているとそのキーボードでは私はライブできそうもありません。。と、その時来てくれていた前にボーカルスクールが一緒だった男の人が私のエレピアノちゃんを運んでくれると言ってくれました。おかげで何とかなりそうになり、るみさんも日にちを決めようと言ってくれてお誕生日ライブの2ヶ月後くらいにライブの日取りを決めました。


そしてさとうるみさんがお家に帰ると、難病の英ちゃんこと橋口英和さんから「こんな詩がでてきたよ」とメールがあったそうです。それが英ちゃんが18才の時に書いた詩、『生きてるだけで』でした。

ライブから帰ったばっかのだったのでるみさんは私の事を思いついてくれて、私に詩に曲をつけて欲しいとメールをくれました。

メールで初めて詩を見たとき、感動して涙が出ました。

そして、自由詩に曲をつけるのもやったことがなくて

できるかどうか分からないのに了解してしまいました(笑)

この曲は障害のある人だけでなく健常者の人でも、多くの人を勇気づけるのではないか、

こんな機会はなかなかもらえない、こんな素晴らしいものを託されてうれしいと思いました。


そして、その約束した2007年11月のライブはさとうるみさんの提案でチャリティーライブになりました。


詩はるみさんのサイトでみんなに発表されていて、まだ曲を10曲くらいしか作曲した事のない私にとっては「よい曲ができなかったらどうしよう」ととってもプレッシャーでした。当時の私にとってはいろいろと自分のキャパを超えていました(笑)

でも、そんな思いを振り切って、曲作りに向かうときはネガティブなものを入れないようになるべく心をフラットにして、神様や天使さん(笑)に「どうか良い曲になりますように。どうかみんなの喜びとなる曲になりますように」と祈りながら作りました。

私も作詞するから、「この言葉は違う」とかそう言う気持ち分かるので、なるべく詩を変更しないようにしましたが、 自由詩はやはり変形したりちょっと詞を変えたりしないと曲にできないので、変える部分はかならず英ちゃんにメールして英ちゃんと相談して変更しました。


そうしてできたのが、曲の『生きてるだけで』です。


つまり、『生きてるだけで』は

素敵なアロマセラピスト さとうるみさんのおかげで誕生した曲です。

るみさんの英ちゃんを思う優しい気持ちが

私と英ちゃんを引き合わせてくれたんでしょうね☆”

るみさんに感謝。

チャリティーライブ当日はるみさんのたくさんの生徒さんと

ひでちゃん、ひでちゃんのご家族が来てくれました。

ひでちゃんも喜んでくれて、私もとても嬉しかったです。


(ちなみに、、チャリティーライブに私のエレピアノちゃんを運んでくれた優しい男の人は

当日お手伝いに来てくれたすてきな女の人とこの間幸せな結婚をしましたとさ☆

めでたし、めでたし。)

| 4ちゃん | 奇跡の出逢い編 | 20:11 | - | trackbacks(0) | pookmark |
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